近年, 国内外で脳研究が盛んになっている. 脳研究の成果は, 医療や脳神経科学で主に活用されているが, これらの分野のみに限定されない. さらに, 脳研究は, 福祉, 人間工学, 情報工学などの幅広い分野における応用の可能性を有しており, これからの科学技術全般の基礎になるものと位置付けられている. また, 日本では, 急激な高齢化・少子化に伴い, 痴呆症などの多くの脳疾患の予防・早期診断, また新生児ケアの充実などが社会的に要求されている. さらに, 脳と遺伝子なども近年示唆され始め, 多くの専門領域にわたって脳の理解についての重要性が認識され始めている. その中でも, 脳研究において技術的な基盤の一つが脳機能の計測である.
本報告では, 脳機能計測の一つであり, 今日, 従来とは異なり, 脳機能計測の幅を広げたという点で注目されている光トポグラフィについて報告する.
脳研究において, 技術的基盤の一つが脳機能の計測である. 現在では, fMRI(functional magnetic resonance imaging), 陽電子放射断層撮影法(positron emission tomography:PET),脳磁場計測法(magnetoen phalograph:MEG)などの脳機能計測技術が開発され, 脳機能を画像として可視化することで多くの知見が得られつつある. 脳波計では神経細胞の電気的な活動, MEGではその電気活動(電流変化)に伴う脳内の磁場変化を計測する. PETは神経活動に伴う脳内血流量変化を捉え,fMRIは脳の血中酸素レベル変化をでそれぞれ計測している. 特にfMRIやMEGは, 無侵襲の脳機能画像計測技術として普及しつつある.
fMRI, PET, MEG, 脳波計などの脳機能計測技術は, 高空間分解能や脳深部計測などで長所を有するが, 装置が大型で専用の装置室が必要となる. また, 計測中は, 被験者の頭部を装置内で固定する必要があり, 個人差はあるが, 被験者に精神的な負担を強いることになる. その為, このような装置では, 日常的な生活環境や, リラックスした状態での脳機能計測は不可能である. 脳機能計測を福祉や人間工学などに応用する場合, 日常的な生活環境での計測が必要になると考えられる.
そのため, これらの脳機能計測技術を利用することは困難である. また, 固定姿勢を要求されるため, 新生児・乳幼児の脳機能計測にも不向きと言える. さらに, fMRI, 及びMEGは金属や電機ケーブルなどに対する感受性が高いため, このような金属類が計測ノイズ源となり被験者の装着物に制限が加えられる. 例えば, 脳波計との併用や聴覚刺激としてのイヤホンなどの着用, また視覚刺激としての画像提示などを行いたい場合, fMRIおよびMEG計測に影響を与えない特別のデバイスを用意する必要がある.
脳機能計測は, 確実に普及しつつあるが, 現状では, このような大型装置を設置することが可能な施設や, これらの装置を用いた計測応用は限られている. そして, これらの欠点をなくしたものが, 光トポグラフィである.
光トポグラフィとは, 近赤外分光法(near-infrared spectroscopy:NIRS)を用いた脳機能画像診断法である. 脳の活動は, 直接的には神経細胞の活動電位によって示されるが, この神経活動の結果, エネルギー代謝が活発となり, グルコースや酸素を脳に供給する血液量が二次的に増加する. 従って, 脳の神経活動に伴って起こる局所の脳血流量の増加を捉えることにより, リアルタイムに, 外界からの刺激に対しての脳活動の変化を検出することができる. 光トポグラフィは, 頭蓋骨のすぐ内側に位置する大脳皮質を計測対象とし, 頭皮上からの多チャンネル反射光により, 脳血流の増加を計測し, その活動を可視化する. 計測の際には, Fig.1 に示すような機器を被り, 脳血流を計測する.
また, 計測中に, 被験者が動作することが可能であり, 自由度が高い. そのため, 日常生活や特殊な状況下での脳機能計測が可能である.
近赤外分光法(near-infrared spectroscopy : NIRS)とは, 測定対象に近赤外線を照射し, 近赤外線が吸収された度合(吸光度)の変化によって測定対象の成分を算出する方法である.近赤外光とは, 赤外線の一種であり, 可視光線(目に見える光)に近い領域の光を指す. 近赤外光は, X線や紫外線などと異なり光子エネルギーが生体の結合エネルギーより低く, そのため, 照射時に生体分子を破壊しない. また, 人体や動植物, 食物(穀類・野菜・果物など)骨や筋肉, 水などに対して透過しやすく, その中でも, 血液中のヘモグロビンがもっている酸素の量によって, 近赤外光が透過される量が変化するという点がある. 光トポグラフィはこれらの特徴を利用している.
3.1節で示したように, 光トポグラフィは, 脳血流量変化を測定している. 脳血流量測定の際には血流量の変化を計測する. また, 脳活動によって血流が変化する場合, 実際には脳の酸素の消費量はそれほど増加しない. (嫌気性代謝)そのため, 酸素とむすびついている酸化ヘモグロビン(oxy-Hb)の相対量が増加する. この現象を利用し, oxy-Hbの増加を検知することにより, 脳血流量の変化を測定する.
測定においては, NIRSを利用する. また, 透過光は微弱で, 成人脳を計測する際に検出量が少ない. そのため, 光トポグラフィでは, 検出量の多い, 反射光を利用する. また, この反射光は, 大脳皮質で散乱し, 反射した光である. そのため, 大脳皮質内の脳血流変化の測定が可能となる.
以下に測定原理の流れを説明する.
このとき, 照射位置と検出位置の間には, 散乱光によるプロービング領域というものが形成される. このプロービング領域内部では, 大脳皮質の活動に伴い, 血液量変化が起こる. この脳活動に伴う血液量変化は, 非活動時に比べて約2%程度の微小な変化である. 照射された光は, 生体内で散乱され, 脳内を迷走(光路図は平均15cm)した後に検出される.
大脳皮質の酸化ヘモグロビン(oxy-Hb), 脱酸素ヘモグロビン(deoxy-Hb)の濃度変化を観察する.
Fig.2 に測定原理の概略図を示す.
oxy-Hbとdeoxy-Hbは, 近赤外領域に異なった吸収スペクトルを持つ. 測定を行う際に, 780nm, 830nmのスペクトルを持った近赤外光を照射する. 各波長におけるoxy-Hbとdeoxy-Hbの吸光係数と発光係数をTable1に示す.
| 780nm | 830nm | |
| oxy-Hb:吸光係数 | 0.15 | 0.25 |
| oxy-Hb:発光係数 | 0.85 | 0.75 |
| deoxy-Hb:吸光係数 | 0.25 | 0.2 |
| deoxy-Hb:発光係数 | 0.75 | 0.8 |
ここで, 780スペクトルの近赤外光を照射時の反射光の量をa, 830スペクトルの近赤外光を照射時の反射光の量をbとする. また, 照射位置におけるoxy-Hbの量をx, deoxy-Hbの量をyとし, Table1に示した発光係数を利用すると以下のような2次方程式が成り立つ.
この2次方程式を解くことにより, 近赤外光の照射位置におけるヘモグロビン濃度の測定を行う.
光トポグラフィとその他の脳機能計測との比較をtable2に示す.
| 光トポグラフィ | PET | fMRI | 脳磁計 | 脳波計 | |||
| 拘束性 | ◎ | × | × | × | ○ | ||
| 自由度 | ◎ | × | × | × | △ | ||
| 時間分解能 | ○ | × | △ | ○ | ○ | ||
| 長時間計測 | ○ | × | × | × | ○ | ||
| 非侵襲性 | ○ | × | △ | ○ | ○ | ||
| 空間分解能 | 〜20mm | 〜15mm | 〜2mm | 5〜15mm | - | ||
| 脳深部計測 | × | ○ | ○ | ○ | △ | ||
| 計測対象 |
| 代謝物質 | deoxy-Hb | 神経電流 |
|
光トポグラフィの利点・欠点について述べる.
光トポグラフィの利点を以下に示す.
光トポグラフィの欠点を以下に示す
光トポグラフィは, 今後, 社会的課題を解決する手段として用いられる場面が増えると考えられている. 例えば, 感性評価における, 人々のストレスの定量評価技術を測ることもできる. これにより, 自分にとってのストレスを明確にでき, 対策法も同時に考えることができる. また, QOL(quality of life)によって, 在宅治療における患者を遠隔操作で把握することにより, 患者の命を救うことにつながることも可能になるかもしれない.
光トポグラフィは, 現在人間に使用されているが, 小型化することにより, 人間だけではなく, ペットに装着することも可能にできるかもしれない. そうする事で, ペットの気分を理解することができ, ペットにとって快適な生活を送ることができることにつながる. 現在, 光トポグラフィの測定部と本体は有線で繋がれている. この部分の無線化を行うことにより, 被験者の自由度が高くなり, 今よりもはるかに身近な生活に近い状態での測定を行うことができるようになると考えられる.
これらが可能となれば, 現在よりも脳研究が盛んになり, 脳への理解がさらに深まるだろう.
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