テクノロジーの行方 96.9.17


 テクノロジーの行方(吉川弘之著 岩波書店)を読みました.吉川先生は東大の総長で,学会でお話をさせていただいたことがあります.昔,設計論についての新しい理論を構築され,大変啓発されました.私も設計工学を一つの柱としており,特にテクノロジーの行方には大いに関心があります.

 この本は大変含蓄の深いものでしたが,特に次の論点は私にとって重要でした.

「技術は社会的存在であり,その発展には経済的,制度的,文化的,時代的な制約がある」
「科学というものを一つの社会的な職業として,その社会に許容する,持ち続けるという社会の合意がある.したがって,研究者の態度が真理探求であるからと言って,それがそのまま社会において認められているのではない.科学的研究を遂行するものは,その投資に関わる期待に応える義務がある」

「技術のパラダイム変換,すなわち歴史的な技術の流れの中で観察される不連続な飛躍は,技術の外の要因に強く影響を受けつつ質的変換を遂げてゆく過程」

「これまでは自然環境を克服することで人類が発展してきた.これからは,そうして満たされた人工的環境によって人類が受ける現代の邪悪なるものと戦わねばならない.そのためのアプロ−チはこれまでの科学の延長線上にはない」

「問題の一つは富の偏在であり,これを無くすには知識の拡散速度を増大させなければならない.そのための情報サービスが重要となる」

「あるものが正当に発展してゆくためには公平な市場メカニズムが重要である.すなわち,自由な選択を通してこそ,すべてのものは発展してゆく.技術も,科学的真理も,行政も,教育も,また然りである.そして,選択されたものは存在の正当性を得る」

 テクノロジーの行方はもちろんなかなか難しい問題で,明確に見えるものではありません.しかしながら,著者が言いたかったことは,エンジニアが社会に生み出す技術の正当性は,自由な市場で多くの人に選択され,正当性を持ったものでなければならない,ということでしょうか.一方,市場メカニズムに乗らない技術では,その正当性を保証する別のメカニズムが必要ということでしょう.
 ここで重要なのは提案です.すべての職業に関わる人は独自の提案を出して,それに対して支持がどれぐらいあるかでその人の正当性が確認できます.これは経済的に成立するという市場メカニズムより高度なメカニズムです.このメカニズムのために必要なツールは情報インフラです.インターネットに代表される情報システムの自由な発達によって,地球上の誰でもが自由に提案を行い,それを支持する人々が集まって,お金と労力を出し合い,豊かな社会を形成するというメカニズムが理想的です.

 設計とは提案です.自分の出した設計案を多くの人に知ってもらい,多くの人に支持され,それが実現されるとき,その人の存在の正当性が高まるのです.

 さらに,人生は提案の連続です.”今日,映画にでかけないか”というのも提案であり,それが友人によって支持されることがその人の存在を確かなものにしているのです.いくら提案しても支持されない人は,その存在が否定されているのです.そういう人は自分の存在価値を高めるためにも,人が支持する提案を出せるよう,自分を変えてゆく必要があります.また,このときの支持は高い教育によって得られる深い教養に基づくものである必要も重要な点です.多少,痛みをともなうことでも,将来的に重要な提案を支持することができない社会は短期的な発展しかできません.

ご意見はご遠慮なく三木までどうぞ.